上海駐在員/旅行業/旅行者:<使える上海語講座>修了者:証券業/運輸業/商社/社長 ![]() |
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上海語国内出版物(含インターネット)一覧・年代順 |
| 出版年 | 書名 | 監修 | 著者 | 出版社 | |||
| 謝謝タイプ | ありがとう | さようなら | わかりました | 上海 | 日本(人) | ||
1 |
大正5年 | 上海語獨案内 | 杉江房造 | 日本堂 | |||
| AB | しャーじャー | あしうエイ | ショーた | さんへー | せぺん | ||
2 |
昭和11年 | 現代上海語 | 影山 | 文求堂 | |||
3 |
1982年 | すぐに役立つ上海語会話 | 伊地知善継 | Ruan恒輝 | 東方書店 | ||
| AA | ジャジャヌン | ツエウェイ | ショッタラ | ザンヘ | ザップンニン | ||
4 |
1983年 | 呉語の研究 | 中嶋幹起 | 不二出版 | |||
国際音声記号によるため、 表記不可)が、直接お会いし久保の聞き取った所によると |
ザパン | ||||||
5 |
1987年 | 上海語エクスプレス | 榎本秀雄 | 範 暁 | 白水社 | ||
| AA | ジャジャノン | ゼーウエ | シィオダッラッ | ザンヘ | ザッベン | ||
6 |
1988 | 上海語基本単語3000 | Ruan恒輝 | 東方書店 | |||
| AA | ziazia | tse ue | shiotak | zanhe | zakpen | ||
7 |
1988 | ラジオ中国語講座応用編 | 宮田一郎 | NHK出版 | |||
| AA | ziazia | tsE UE | |||||
8 |
1989 | 上海語常用同音字典 | 宮田一郎 | 光生館 | |||
| AA | ziazia | tsE UE | |||||
9 |
1992 | 上海日常会話集 | 編集部 | 泰流社 | |||
| AA | シャーシャーノン | ゼウェ | |||||
10 |
1994 | 中国語会話ハンドブック | 水野・村石 | 須藤 | 日東書院 | ||
| AA | ジャジャヌン | ツェウェイ | ショタッ | ザンヘ | ザップン | ||
11 |
1995 | 上海閑話 | 方経民・ 徐 | 子亮 | 東外大AA研究所 | ||
| AA | ziazia | ||||||
12 |
1997 | 基礎からの上海語 | 金丸邦三 | 呉悦 | 大学書林 | ||
| AA | ziazia | 表記不可 | |||||
さて、出版一覧を見てわかることは何だろう。 何故か、昔に出版された書籍は、「シャジャ」=AB系列に 最近、出版されたすべてが、「ジャジャ(/シャーシャーは一冊のみ)」=AA系列となっている。 実際、上海倶楽部で行ったアンケートの結果によると、 上海の人の「ありがとう」を日本人が聞き取ると「シャシャ」と「シャジャ」と「ジャシャ」と「ジャジャ」の内では必ずシャジャに聞こえると言う結果を得ている。(アンケート、には当たらないが、[中国各地ミニ会話」の作者は、日本人なので、初めて「ジャジャ」に聞き取る人もいるんだなーと思ったが。ちなみに、「各地ミニ会話」の音声は"現地で買い求めたカセットテープに少し変更を加えたもの”となっている) また、 日本人の発音「シャシャ」と「シャジャ」と「ジャシャ」と「ジャジャ」全ての内、どれが「謝謝」として適切か?と言うアンケートに対し、 上海の人達の全ての回答がシャジャだったのである。 つまり、「上海語の謝謝」は、日本語の「シャジャ」に符合するのだ。 では、どうして、上記、権威ある著者によって書かれ権威ある出版社から出されたものが「ジャジャ」になっているのか。 それは、上海の人々が、”ziazia”のつもりで発音しているから、に相違ないと思われる。ネイティヴ・スピーカーはいつも絶対的に正い。その「正しさ」(上海の人々にとっての)を、その耳をもたない言語(ここでは日本語)の表記によったため、実際にはそうとは聞こえない表記(少なくとも、それで学習しても実際的に用をなさない記述)のみに終始してしまっているように思える。 それが、あいまいな日本語にない音ばかりで表記の仕様がない、というのであればまだしも、はっきりと、対応する音に支えられているのに、である。
中国の大学の日本語科では、そのように教えている。 「つまり、ひとつめは有気音、ふたつめは無気音ですから。」
(私は、この話を聞いたとき、そりゃ、我々日本人に有気音・無気音の聞き分けはほぼ不可能に近い、と悟ったが、まあ、それはさておき。) 私達日本人にとって、ひとつめの「タ」とふたつめの「タ」が違わないように、上海の人達にとってはひとつめの「謝」とふたつめの「謝」が違わない。でも、私達日本人にとっては
「日本人」の方も、標準的な日本人が当たり前にちゃんと聞けばどうしたって「サパニン」なのだ。(上海に行って、何回、いや何十回、いや、何百回このコトバを聞いたことか!(上海雑学団の畑沢団長は、あきらかに、正しいデス。I agree with you.) 有気・無気の対立のない日本人に「タタミ」の「タ」の聞き分けのできないのは当然だが、清音・濁音の区別のある彼等に「シャジャ」の聞き分けられないのは妙な気がする。しかし、実際彼等が日本語のディクテーションをすると、清音・濁音は他地域の中国人と全く同じようにメチャクチャとなる。 日本語は、漢字にカナをうつ習慣に支えられ、それを知識として持っているから清音・濁音がいかにも聞き取れるつもりでいるが、そんなことさえ実はそんなに確実なものではなかったのかもしれない。 漢字は、漢字。それ以上考えない言語にとって「ススキ」か「スズキ」か、を聞き取る考え自体、ないのだろう (いや、聞き取れる、とされている有気音、無気音さえ、実に感心するくらいグチャグチャなのだが。某有名大学を優秀な成績で卒業した彼女は「お父さん(父)」のピンインを”papa”と教えてくれた!一体、中国に有気・無気の対立は、有るのだろうか?!・・・・・・スミマセン、話を戻します)実際、私自身、「すすき」か「すずき」かわからなくても、全く日常生活に差し障りはなかったし、誰かから指摘されることもなかった。 確かに中国語のピンインは、iでもeでも、よく、これを書き分けないな、と感心するほど(と言うかメチャクチャだと言いたいほど)違う音の区別をしない(ピンインは発音記号なのに!) あのいい加減さ、からすると「シャ」と「ジャ」の書き分けなど、どこ吹く風、ともいえそうだが。でも、それぞれのテキストはカタカナで書いたのだから、日本語の基準に従うべきだったろう。 いや、ピンインの考え方(「シャ」と「ジャ」を同じに書く)自体、国際音声記号的発想の発音記号の考え方にはそぐわないのだから、混乱を招くようなことはせず、「シャジャ」と書くか、「shazia」とか[shaja」にするべきだった、と私は考える。
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